2011年2月5日土曜日

「治らない」という告知は残酷?

私の勤務する病院は地域密着型の中規模病院で、大病院で治癒を目指した治療を尽くされ、
治らないけど、がんと付き合っていかなければならない患者さんが多く療養されています。


しかしながら、患者さんたちにそういう病期である自覚があるかというと、必ずしもそうではないです。
なぜ私がそう思うかというと、再発患者さんの場合、医師がそこまではっきり告知をしていないからです。
「完治は難しい」とは言っても、「治らない」とか、
「残された時間に限りがある」とまでは言っていないと思います。


そんな中で、いよいよだましだましやっていた化学療法も出来なくなり、
「体調がそこまで悪くない間にお家に帰って、貴重な時間を過ごしたら・・・」
と医療者側は思い始めるわけですが、
当然ですが、患者さんにはそういう自覚はなく、
「なんとか良くするためになにかすがるものはないか?」と探し始めます。
そして、まだエビデンスの確立していない免疫療法に通ったり、
健康食品にこだわったり、ときには医療者に怒りをぶつけたりします。


「ほんとうにこれでいいのか?」と、
 顔を曇らせつつ「別にかわりないです」とおっしゃる患者さんに接するたびに胸が痛むのですが、
ひょっとして私は、ただ単に患者さんの期待に答えられない自分が嫌なだけなのかな・・・
もしそうなら、単なる自己不満足なのだろうか、とも思います。


「なんでこんなに咳が出るのか、なぜよくならないのか?」と患者さんに聞かれて、
主治医に、こう言ってましたよ、説明してあげてください、とお願いしたら、
「うーん、いったい何が知りたいんだろう。」と、真剣に、考えていました。


患者さんが知りたいのは、望ましくない真実なのだろうか?
それとも、やっぱり「よくなりますよ」という未来への約束がほしいのか。
だとすると、どうしてもその答えが用意できない場合は、医療者はどうするべきなのか。 


こんなことを悶々と考えていたら、Journal of Clinical Oncologyにこんな声明が発表されました。
「進行がん患者は、早い時期に終末期医療の選択肢について医師と話し合うべきである」
この声明では主に以下のことが推奨されています。
・進行癌治療におけるすべての段階において、生活の質を優先(priority)する必要がある。
・最初に進行癌と診断した時点で、医師はすぐに患者の予後および治療選択肢について患者と話し合う必要がある。
・患者は、臨床試験に参加する機会を与えられるべきである。


もし、完治するのは難しいがんになってしまったら、
数年先に苦しい状況になる可能性が高いとわかっていたら、どうしてほしいか。
今すぐにでも始められる解決策は、患者さんの方からはっきりと希望を伝えることですね。
また、現場でも話し合う場を作って、みんなで考えていきたいと思います。